GAIA設立までの歩みHistory

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このページでは当社代表の中桐啓貴が社会人1年目からGAIAを設立するまでの歩みをご紹介します。

01証券リテールトップセールスマン時代

私が証券会社に入社しようと決めたのは、大学3年生時にイギリスのリーズ大学へ留学し、当時ロンドンに駐在していた山一證券の方とランチをご一緒したことがきっかけです。お話した内容に非常に感銘を受け、将来は海外転勤で一旗揚げようと考え、山一證券に入社しました。

しかし、新入社員として就職した山一證券は入社翌年の1998年にあっけなく自主廃業してしまいました。まだ証券業界で頑張りたいという気持ちが強かったので、メリルリンチ日本証券に就職したのですが、そこで「投資信託を使った資産分散によるポートフォリオ提案」モデルの教育を受けました。こういう考え方は、前職を含む当時の国内証券会社には全くないもので非常に衝撃を受けたのを覚えています。

またその時、米国でも実際に活用されている「プロファイリング」(お客様の情報/背景をしっかり聞いてから提案を行う手法)も初めて知りました。結果として日本よりも遥かに進歩している米国流の金融手法を取り入れることで、富裕層のお客様から多くの資産を預からせていただく事ができました。

02日本の証券業界のやり方に疑問、会社を辞め米国へ

しかし、1999年辺りから始まったITバブルで、当初は投資信託を使った分散投資を徹底していた私のお客様も、その流れに乗って次第に個別銘柄へ投資をしていくようになりました。その結果、2000年の2月辺りにそのITバブルが弾け株価が急落し、担当していた多くのお客様の運用益が相殺されてしまいました。

一方、私自身は取引手数料額が評価され、大幅な年収増。その時、結局、日本の証券業界収益モデルは自分たちの収益を確保するために、お客様の状況いかんに関わらず取引量を増やすことで成り立っているということを痛感させられました。そして、お客様の資産が増えていないのに、自分だけ私腹を肥やすような場所に自分がいるということに対して大きな罪悪感を感じ、いろいろ考えた末、会社を辞める決意をしました。手元に残った退職金でもっとお客様をハッピーにしながら仕事できる環境はないかとそのタネを探そうと思ったのです。

今のやり方のままでこの仕事を続けることは、罪悪感も感じるし、自分の能力を最大限に活かせている気もしなかった。この業界から去ることになるとしても自分が納得できるタネの可能性を信じ、米国に留学することにしたのです。

03お客様をハッピーにする「ファイナンシャルアドバイザー」との出会い

留学先に選んだのはアメリカのボストン。米国大学院では金融の勉強をしていたのですが、当時の学部長がディーンというユダヤ人の男性でした。

彼は市街中心の高級住宅街の持家に加えて、大きな別荘も保有しており、ただただ裕福な方だなと感じていました。でもなにかひっかかったんです。教授という職業はそんなに桁違いに年収が高いわけはない。良くて1,500万円くらいでしょう。では彼の親が資産家だったかというかというとそういうわけでもない。

そこで、彼になんでこんな立派な家に住めて別荘まで持っているのかと直接尋ねました。彼から帰ってきた答えは、信頼できる「ファイナンシャルアドバイザー」に相談しながら資産を築いてきたからだということでした。また、彼は、これから日本でもこのようなファイナンシャルアドバイザーという制度が広がっていくのではないかと言っていました。その瞬間、目の前がぱっと開けた感覚を覚えました。

これが本来目指していたお客様をハッピーにする形だと。そして米国留学を終え、2006年に当社を設立することになったのです。

04GAIAへの想い

米国では3人の専門家がいると人生が幸せになるという風に言われています。その3人の専門家が、医者、弁護士、そして"ファイナンシャルプランナー"です。

私はよく周囲にファイナンシャルプランナーとは、地域に密着した「かかりつけ医」のような存在になるべきだと話しています。例えば、大病院では「病気になりました」という時に、問診を含めた診察の結果から処方箋を出すパターンが多いと思いますが、地域密着の「かかりつけ医」は、患者さんの生活習慣や病歴、考え方を事前に熟知しているので、顔を見ただけでもちょっとした変化に気付くことができ、その患者さんへ最善処置を行うことができます。

私どもファイナンシャルプランナーも地域に密着して、10年15年といった長い時間をお客様とお付き合いさせていただくことによって、よりお客様のことを知り、長期的な資産運用をサポートしていくといった関係を築かなければならないと考えています。まだ当社のようなFPの会社は日本に少ないですのが、その先駆けとなるような会社として今後も活動を展開していきます。